富山大学 システム機能形態学研究室 Systems Function and Morphology Lab., University of Toyama

音を認知する神経回路の構造を研究しています。 We study the neuronal circuitry for sensing sounds.

【総論・神経組織】体性運動ニューロンと自律神経節後ニューロンの違い

アセチルコリン陽性線維を染色した骨格筋標本で)α運動ニューロンには明白なシナプスがあって、コリン作動性(交感神経節後)ニューロンには明白なシナプスがないということが分かるとおっしゃっていましたが、それは写真のどこからわかるのでしょうか?シナプスは写真のどこにあるのでしょうか?そしてシナプスがないというのは筋肉にめり込んで、粒状の構造がコリン作動性交感神経節後線維にはみられないということなのでしょうか?

という質問がありました。

実習標本ではアセチルコリン合成酵素を有する神経を染めているだけなので、軸索や神経終末を染めていますが、シナプス後部は染まっていないので、シナプスは見えません。したがって「写真からはわかりません」。
この標本からわかるのは、軸索や神経終末の形態がα運動ニューロンと交感神経節後ニューロンで全く異なることです。α運動ニューロンは標的に達するまで神経終末を作らず、枝分かれした1本の神経線維が1本の骨格筋線維に明確な神経終末(神経筋接合部)を接触させています。一方、交感神経節後線維は細動脈と思しき構造の周りを取り巻きながら、多数の神経終末を形成しています。平滑筋は見えていませんが、大量に存在するはずで、α運動ニューロンで見られたような一対一対応は存在しません。
電子顕微鏡で観察すると、α運動ニューロンは骨格筋線維に対して明確なシナプスを形成しており、1本の筋線維は1本のα運動ニューロンにのみ支配されることがわかる一方、交感神経節後線維と平滑筋の間は100nm以上離れていて、明確なシナプスは観察されません。アセチルコリンはいたるところにある神経終末から拡散して平滑筋に届くため、一対一対応は存在しません。

【総論・神経組織】錐体細胞の形態と機能

錐体細胞の形態について、脳表面や、錐体細胞の上下に向かって樹状突起が伸びていて、そして深部に向かって軸索が伸びていますが、これは連合野で処理した情報を深部の、例えば視床下部とかに伝えようとしているのでしょうか?

という質問がありました。

大脳皮質には層構造があり、層ごとに異なる脳領域からの入力が入ります。錐体細胞は層を貫く樹状突起(頂樹状突起apical dendrite)を有しており、異なる情報を統合する働きがあります。例として、本学の実習で用いる標本では聴覚野第5層の錐体細胞が染まっています。第1層には連合系視床核などからの注意などにかかわる情報が、第2,3層には連合野などの様々な大脳皮質からの情報が、第4層には聴覚系視床核からの音そのものに関わる情報が入ってきます。そして、この錐体細胞は脳幹に軸索を送るタイプの細胞ですので、中脳にある下丘という聴覚系神経核に出力しており、おそらくは聴覚的注意に関する信号を送っているのだと考えられます。

【総論・神経組織】神経伝達物質食品

最近GABAを使用し睡眠の質向上を謳う商品が多いですが、GABAは血液脳関門を通過しないと聞いたことがあるのですが実際に効果はあるのでしょうか。

という質問がありました。

神経伝達物質が食物に含まれていることはよくあります。GABAはバナナなどに含まれていますし、グルタミン酸は主要な旨味成分で様々な食物に含まれています。グリシンもしかり。むしろ、このようなありふれた物質(グルタミン酸グリシンはタンパク質を構成する20種類のアミノ酸に含まれていますね)をシグナル分子として使用するようになった、という経緯があったのでしょう(ATPも神経伝達物質として使われています)。ありふれた物質をシグナル分子として使うのはコストがかからない反面、そこら中にある物質によって神経系が誤作動してしまう危険性があります。このため神経系はこのような潜在的なシグナル物質から遮断されています。これが血液脳関門です。血中には様々な栄養素が運ばれていて、その中には神経系に作用するものも多々存在するので、神経細胞は血液に直接さらされていないのです。といっても神経組織中に毛細血管はたくさん分布しています。血液脳関門というのは毛細血管の壁(内皮細胞)の物質選択性によってつくられているのです。
結論:GABAを含むチョコレートを食べても、グルタミン酸を豊富に含む中華料理をたべても脳は誤作動しません。
余談:昔、味の素(グルタミン酸ナトリウム)が発売されたとき、頭が良くなる調味料と宣伝されました。今も昔も変わらないですね。
余談2:脳の毛細血管全てに血液脳関門が発達しているわけではありません。脳室周囲には血液脳関門を欠く脳領域がいくつかあり、これらの脳領域は血中の化学環境をモニターしてると考えられています。…
余談3:消化管上皮にGABAを含有する細胞が含まれていることが知られています。また、膵臓内分泌部にもGABAを産生する細胞が存在しています。このことから、食べ物に含まれているGABAが消化管に作用することはありそうな話で、GABA含有食品が消化管を通じてどのようにかして睡眠の質を高める可能性は残されています。

【総論・神経組織】【総論・序論】好塩基性色素が染めるもの

オスミウム固定標本で髄鞘が、硫酸基を多く含んでいるため塩基性色素で染まるとありました。そこでふと思ったのですが、好塩基性だと陰イオンが染まるのはなぜなのでしょうか?好塩基性色素という名前を見ていると、酸や塩基のうちの塩基になるようなものを染めそうなのですが。硫酸って酸でしたよね?わからなくなりました。逆に好酸性色素でタンパク質が染まるのは何に反応しているのでしょうか?

という質問がありました。

これは第1回・序論の内容を復習してほしいのですが、好塩基性色素とは、プラスに荷電しているために陰イオンに結合する性質を持つ色素、好酸性色素とはマイナスに荷電しているために陽イオンに結合する性質を持つ色素のことです。
硫酸基は陰イオンですから、好塩基性色素が結合して染まります。

【総論・神経組織】神経細胞は生後増えるのか?

よく細胞は幹細胞があって前駆細胞があって最終分化した細胞があって、という感じですが、神経細胞には幹細胞や前駆細胞のような新しい細胞を生産するものはあるのでしょうか?これがないと神経細胞ミクログリアによってなくなってしまうような気がするのですが。

という質問がありました。

神経細胞は分化した細胞でそれ以上分裂しません。
神経細胞を生み出す能力を持った幹細胞のことを神経幹細胞といいます。20年前まで、哺乳類の大人の脳には神経幹細胞は存在せず、神経細胞は死ぬ一方である、と考えられていましたが、今では、大人の脳の一部に神経幹細胞が残っていて、新たに神経細胞が生み出されていることが証明されています。その場所とは側脳室の脳室下帯というところで、ここで海馬と嗅球という領域の顆粒細胞という種類のニューロンが生み出されています。海馬は新たな記憶の形成に不可欠な脳部位で、海馬の顆粒細胞の神経新生が記憶形成に重要な役割を持つことが知られています。さらに、この神経新生はうつ病では低下し、適度な運動で増加することが動物実験で示されています。(なお、他の動物の系統では神経新生が別の部位でも起こります。例えば鳴禽類(鳴く小鳥です)の歌の学習と神経新生が関連付けられています)
ただ、逆に言うと脳の殆どの部位で神経新生は起こらない、といえます。神経細胞が脳の機能を維持するのに必要な数を割り込むと困ったことになります。パーキンソン病アルツハイマー認知症はそのような神経細胞の減少によって起こる病気です。

【総論・神経組織】ミクログリアの働き

ミクログリアの働きで神経突起のメンテナンスをするとのことで、ミクログリアはいらない突起を食べてしまうということですが、突起が劣化してしまうということですか?

という質問がありました。

ミクログリアはマクロファージと同じ起源をもつ(つまり血球系幹細胞に由来する)、神経組織の変わり種です。マクロファージと同様貪食能を持つのですが、抗原提示をするのが目的ではなく、神経回路の整理を行うのが通常の機能です。シナプス可塑性が学習や記憶の分子機構である、と別の回答で述べました。これは特定のシナプスを強めるだけでなく、不要な情報に関係するシナプスを除去することによっても達成されます(覚えるためには忘れることも重要なのです)。このような理由で不要になったシナプス構造をミクログリアが貪食すると言われています。ですので、正常な神経組織ではミクログリア神経細胞を殺すわけではありません。
一方、発生期に必要以上に神経細胞が生み出され、その多くが死滅することが知られていますが、この不要な細胞の除去にミクログリアは関わっています。

【総論・神経組織】灰白質と白質の分布について

脳では脳の内側に白質があって脳の表面に灰白質があるというのは、体の末梢から受けた感覚信号を軸索を伝って脳の表面に伝えていき(内側に白質がある理由)、それを樹状突起を持った細胞体が軸索からシナプスによる伝達をしている(外側に細胞体が多い灰白質がある理由)ということなのでしょうか?

という質問がありました。

まず、脳の灰白質が外側、白質が内側というのは脳の一部の特徴に過ぎません。灰白質が外側に出ていく領域は大脳皮質、小脳皮質、上丘のような限られた部位で、脳幹や脊髄では基本的に脳の表面に白質があり、脳の内部に灰白質が塊を形成します(これを神経核という)。
脳の内部に灰白質、つまり神経細胞体が集積するのは発生学的な理由です。脳の内部には脳室や中心管という空洞がありますが、この空洞に面した部分で神経細胞が作られるので、生まれた神経細胞があまり移動しない場合は脳の内部に神経細胞体が集積することとなります。脊髄の構造はこのような基本的なプランに近いものです。
では大脳皮質ではなぜわざわざ細胞が脳の表面に移動していくのか、という疑問が生じます。これは「皮質」という層構造を持った神経回路を形成するのに適しているからです。皮質の構造については講義で述べましたが、層ごとに異なる入出力を持っていて、層をまたぐ樹状突起を持った細胞が情報を統合する、というのがその大まかな機能です。